『論語と算盤』 ― 人として大切なこと
『論語と算盤』 - 渋沢栄一
今までで一番読むのに時間がかかった。
現代語訳とはいえ、なかなか難しい言葉で書かれているのも原因の一つだと思う。
でも、時間をかけてでも最後まで読めてよかったと思う。
それは、今の資本主義社会を作った人間の、”想い”を知ることが出来たからだ。
長い時間をかけて、何度も読み直しながら、進んだものの、つまるところ彼は同じことばかりを言っているような気がする。
常識を身に付けよ、正しい目的を持て、自分を磨け。
各章で、様々な視点からの彼の考えが綴られているのだが、どれも結局同じようなところに行きつく。
それほどまでに、彼の考えは一貫しているものであり、その大元が「論語」というわけだ。
論語と算盤とは、渋沢栄一とは
まず、渋沢栄一と聞いて一番に頭に浮かぶのは「新札」というイメージではないだろうか。
しかし、彼がどんな人か、何をした人なのかと問われ、即答できる者は多くはないと思う。自分もその一人だった。
渋沢はまさに、現代の日本の資本主義を作り上げた人物だ。実業家として、様々な会社の基礎を作り上げ、その会社たちが今の日本を作っている。
JR、みずほ銀行、サッポロビールや日経新聞まで、生活の中に当然のように存在する様々なものの設立に関わったのだ。
実業、つまり金儲けのプロでありながら、その危険性も常に考えていた。欲望に目がくらみ、暴走し、大惨事を巻き起こす可能性を説いていたのだ。
その暴走を食い止めるものとして、この「論語」を定説した。
孔子の「人はどう生きるべきか」という考えは、資本主義社会において、忘れてはいけないものであると考え、各地の講演活動で広めていった。
そして、『論語と算盤』とはその講演での口述をまとめたものである。つまり、実はこの本は渋沢が書いたものではないというのだ。初めて知って、単純に驚いた。
それでも、彼の考えをまとめているものであるのには変わりなく、商売をする、つまり算盤を弾く中で、本当に大切なものは何かを教えてくれる。
自分なりに伝わったものを、3つに分けて紹介していく。
常識を身に付けよ
常識とは「智・情・意(知恵・情愛・意志)」の三つがそれぞれバランスを保って、均等に成長したもの。
ごく一般的な人情に通じて、世間の考え方を理解し、物事をうまく処理できる能力。
これこそが常識であると考えていた。
「親や目上の人を大切にし、良心的で信頼される者である」というのがこの常識の根本であるとも言う。
この常識を身に付け、それを習慣化していけば、どんな不測の事態に陥っても、冷静に判断し、正しい道を選ぶことが出来る。
日頃から、常識を根本とし、常に自問自答して答えを出すことを「意志の鍛錬」と呼び、これこそが、生きるうえで大切なものの一つであるのだ。
正しい目的を持つ
例えば、学問において。
自分を向上させるために学ぶのか、自分の名前を売るために、つまり、地位や名誉の為だけに学ぶのか、目的が違うだけで、生まれる成果は大きく違う。前者は高い理想を持ち、見識があり、それを社会の為に使おうとする。後者は結局無学で、何のために学問をしていたのか、わからなくなってしまう。
この目的を持つという話はもちろん、商業の世界でも必要である。
社会の為に金を稼ぐか、自分の地位や名誉の為に金を稼ぐか。言わずともだが、渋沢は前者を推奨する。
「まっとうな富は正しい活動によって、手に入れるべき」
もはや、「まっとうでない手段をとるくらいなら、むしろ貧賤でいなさい」と。
正しい目的を持って、社会の為に働きなさいということを、様々な章で強く訴えかけていた。
金儲けでは必ず、欲望が見え隠れする。これが暴走しないために、強い意志と目的を持って、社会の為に働いてほしいと願っていたのである。
自分を磨け
自分を磨くということはどういうことか、渋沢はこのように言う
精神面の鍛練+知識や見識+国家の興隆に貢献するもの
精神も知恵も知識も身体も行いも、みな向上するように鍛練すること、それを続ければ理想の人物のレベルに達することが出来る
つまり、自分を磨くというのは、ただ学問を積み、頭でっかちになることではない。
行動も伴ってこそ、自分を磨くということになる。当然根本には常識を持つということはあり、その土台の上で自分を磨いていってほしいというわけだ。
自分を磨き成長し、良し悪しを正しく判断し、生活に豊かにしていくことで得た成功こそが、「完全な幸せ」であるという。
そして、最後の章にはこんなことが書かれている
人を見るときに成功しているか、失敗しているかを基準にしてはいけない。超然と自立し、正しい行為の道筋に沿って行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う価値のある生涯を送ることが出来る。
成功など、人として為すべきことを果たした結果生まれるカスに過ぎない、気にする必要など全くない。
常識とは何かを正しく知り、正しい目的と意志を持ち、自分を磨き続けていく。
その先にあるのは、成功か失敗かなどのレベルではない価値のある人生である。
この生き方は、本来、商売をするうえで大切にしてほしい、欲望の暴走を止めたいと考え始めたものだが、人が生きるうえで大切にすべきことと重なると思う。
特にこれから社会人になるうえで、ただ知識を詰め込むのではなく、それを行動レベルに落としこみ、習慣化させるというのは本当に大切なことだと感じる。お金を稼ぐ立場になる前に知ることが出来たのは本当に良かったと思う。これを忘れないようにするのではなく、自分の行動に、生活に落とし込むことで、さらに理解を深めていきたい。
キャッシュレスが進み、お札を手にすることは少なくなる中で、今回、新札に渋沢が選ばれるというのは、こうしたメッセージを伝えたかったのではないだろうかと勝手に捉えている。彼の顔を見る度に、胸を張って稼いでる、生きているぞと言えるようにしていきたい。